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福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)380号 判決 1973年11月20日

控訴人 寺崎ヌイ

控訴人 寺崎紀

控訴人 成富幸子

右三名訴訟代理人弁護士 上崎龍一

同 中山茂宣

被控訴人 渕上毅

右訴訟代理人弁護士 山中淳一郎

主文

本件控訴および控訴人らの当審における拡張請求は、いずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

控訴人ら代理人は、「原判決中被控訴人に関する部分を取り消す。被控訴人は控訴人らに対し、各六〇万四、九七〇円宛およびこれに対する昭和四三年五月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに金員支払部分について仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

(控訴人らの請求原因)

一、事故の発生

1 訴外亡寺崎栄吉は、左記交通事故により全身打撲傷、左足関節部打撲傷の傷害を受けた。

日 時 昭和四三年五月一五日午後一時四五分ころ

場 所 佐賀市松原一丁目一番地佐賀市役所南門附近

加害車 軽四輪乗用車(8佐あ8913)

運転者 被控訴人

事故の態様 被控訴人は、加害車を運転し、佐賀市役所駐車場から、他の駐車車両の間を通り抜けて同市役所南門を出ようとした時、右方から進行してきた前記寺崎運転の自転車に自車前部を衝突させ、自転車もろとも同人を転倒させた。

2 右事故のため、前記寺崎は、全身打撲傷、左足関節部打撲傷の傷害を受け、同日より昭和四四年一二月一〇日まで三〇〇日間吉本病院に入院し、翌一一日から同年一一月一二日まで同病院に通院治療を受け、この間全身特に右半身左下肢の激痛に呻吟し、症状固定後も左足関節の用瘢と左足指全部の用瘢という後遺障害を残し、このため高血圧症が亢進して、遂に同月一四日高血圧症による心筋梗塞のため死亡するに至った。

二、責任原因

本件事故は、被控訴人が左方の安全のみを確認し、右方の安全を確認しないで加害車を運転進行したため発生したものであるから、被控訴人は民法第七〇九条により本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

三、損害

1 訴外亡寺崎栄吉の損害

(1) 治療費 二〇万五、四一〇円

(2) 診断書作成料 一、五〇〇円(自賠責保険金請求に要したもの。)

(3) 通院交通費 二万九、四〇〇円

(4) 付添看護料 三八万八、六〇〇円入院期間三〇〇日の間控訴人ヌイが看病に当ったが、一般の付添婦の日当は一、〇〇〇円程度であり、これを基準として右期間中の付添費三〇万円のほか同控訴人の食費、寝具使用料八万八、六〇〇円

(5) 入院雑費 一五万円

(6) 休業による損害 四五万円

亡栄吉は、本件事故当時訴外有限会社中折タクシーにその集金人として勤務し、一ヶ月平均二万五、〇〇〇円の収入をえていたものであるが、本件事故により事故当日から死亡に至るまでの一年六ヶ月間休業を余儀なくされ、この間の休業損四五万円。

(7) 逸失利益 七七万円

亡栄吉は、死亡当時六八歳であって、なお五、一年前記職業に就労可能であったので、前示収入額、生活費をその半額として、ホフマン式計算法によりその中間利息を控除して、その現在の価額を算出すると七七万円となる。

(8) 慰藉料 二一〇万円

2 控訴人らの損害

(1) 葬儀費用 二〇万円

(2) 控訴人ら固有の慰藉料 各五〇万円

控訴人ヌイは亡栄吉の配偶者であり、その余の控訴人らはその子であるところ、一家の生計の中心を失った控訴人ら固有の慰藉料は、各五〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用 二四万円

被控訴人は控訴人らの本件損害賠償請求に応じないので、控訴人は弁護士上崎龍一に本件訴訟を委任し、手数料として一〇万円を支払ったほか謝金として判決認容額の一割を支払う旨約した。

3 ところで、亡栄吉が本件事故当時高血圧症であったことは事実であるが、本件事故による受傷から死亡に至るまでの同人の症状はすべて本件事故に起因するものであるから、同人死亡までの損害についてはその全額が本件事故による損害であり、また、同人死亡の結果についてもすくなくとも本件事故がその六割は寄与しているものとみるのが相当であるから、同人の死亡による直接の損害(逸失利益七七万円、葬儀費二〇万円、控訴人ら固有の慰藉料各五〇万円宛)については、その六割が本件事故による損害となる。

右によって計算すると、亡栄吉の損害は三七八万六、九一〇円となるところ、自賠責保険金一七五万円の給付を受けたので、これを右損害に充当すると残額は二〇三万六、九一〇円となり、控訴人らはこれを平等の割合で六七万八、九七〇円づつ相続し、控訴人ら固有の損害各四二万円宛(慰藉料、葬儀費については六割の各三四万円宛、弁護士費用については各八万円宛)を合算した一〇九万八、九七〇円づつが控訴人らが被控訴人に請求しうべき損害となるので、控訴人らは被控訴人に対し、そのうち各六〇万四、九七〇円宛とこれに対する不法行為の日の翌日である昭和四三年五月一六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払(遅延損害金の請求は、訴状送達の日の翌日である昭和四六年四月一七日以降のそれを求めていたのを当審において拡張。)を求める。

(請求原因に対する答弁ならびに抗弁)

一、請求原因一、1の事実は、被控訴人運転の加害車と訴外亡寺崎栄吉運転の自転車がその主張の日に接触したことは認めるが、その余はすべて争う。

同一、2の事実は、右栄吉がその主張の日は心筋梗塞のため死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。

同二の事実は争う。

同三の事実は、その主張の自賠責保険金が支払われたことは認めるが、その余の点はすべて争う。被害者栄吉は、本件事故当時高血圧症のため治療を受けていたものであり、控訴人ら主張の入院、通院治療も高血圧症の治療が主であって、本件事故による傷害のためのものではなかった。また本件事故当時被害者栄吉は満六七歳で統計上認められる稼働年令をはるかに超えており、あわせて前記症状からみて控訴人ら主張の休業損害は本件事故と無関係であり、いわんや本件事故と同人の死亡との間には因果関係がない。

二、仮りに被控訴人に損害賠償義務があるとしても、本件事故の発生については、被害者栄吉にも次のような過失があったから、賠償額の算定についてはこれを考慮すべきである。

本件事故現場は、控訴人ら主張の市役所南門出入口ではなく市役所構内の駐車場である。被控訴人は加害車を運転し、右駐車場内を東西に二列に並んで駐車中の車の間を通り東方へ進み駐車場出入口附近で一旦停止して左右を見たが、車両、歩行者とも見当らなかったので、市役所南門方向へ右折せんとした瞬間、被害者栄吉運転の自転車が右方南門から北方へ向い加害車の直前へ進行してきたためこれと接触したものであるが、およそ駐車場入口附近を通行する際は、一旦停止して右駐車場内から発進してくる車両の有無を確認する義務があるのに、被害者栄吉は漫然進行した過失により本件事故が発生したものである。

(抗弁に対する答弁)

被控訴人の過失相殺の抗弁事実は否認する。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、被控訴人が昭和四三年五月一五日午後一時四五分ころ加害車を運転していて訴外亡寺崎栄吉に傷害を負わせる事故を惹起したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、以下の事実を認めることができる。

すなわち、被控訴人は、当時加害車を佐賀市役所構内の軽四輪車専用駐車場に駐車していて、右駐車場から構内通路へ出るべく加害車を運転して時速七粁位の速度で進行し、構内通路への出入口附近で左方の安全は確認したが右方の安全確認をしないまま進行したため、折から右構内通路を右方南門方向から北方へ進行してきていた被害者運転の自転車を直前に発見し、急停車の措置をとったが及ばず、自車前部中央附近を右自転車の左ペダルに接触させたものであり、被害者栄吉は、右接触後自転車をふらつかせながら約二米進行した後自転車もろとも路上に転倒し、そのため左足関節部挫傷、全身打撲傷の傷害を受けたこと。

以上のとおり認められ、他に右認定に反する証拠はない。

そうだとすると、本件事故は被控訴人の過失に基づくものというべく、前記認定の本件事故の態様に照らし、被害者栄吉に過失相殺をなすほどの過失があったとは到底認められない。

二、≪証拠省略≫によると、被害者栄吉は、本件事故直後は、大したことはないとして被控訴人と話し合いのうえ警察へ事故届もせず、吉本病院での当初の診断でも左足首に表皮剥離が認められたのみで、左下腿全部に痛みを訴えてはいたが、レントゲン撮影の結果も異常が認められず、入院の必要もないとして一旦自宅へ帰ったこと、ところがその後間もなく、右栄吉は胸部、腰部、背部全般に激痛を訴えるようになり、同日同病院に入院し、血圧亢進のため呼吸困難を伴うこともあったが、昭和四三年九月五日ころに至ると自発痛も殆んどなくなり、左腓骨神経麻痺症状を残すのみとなり、その後は専ら右機能の回復をはかり、昭和四四年三月一〇日には同病院を退院し、それから同年一一月一二日まで同病院に通院(内実治療日数一一一日間)治療していたが、同月一四日午前二時ころ高血圧症による心筋梗塞の発作を起し、同日午前二時四〇分ころ死亡するに至ったこと、他方右栄吉は、本件事故前の昭和四二年一二月ころから高血圧症のため月平均五日間位通院治療を受けていたものであるが、その症状は必らずしも軽いものではなく、担当医師も憂慮していた程であって、前記事故による傷害の治療と併せてその治療を継続していたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、被害者栄吉の本件事故後の症状は、本件事故により通常発生するであろうと予想される症状よりもはるかに重いものであったが、これは本件事故に前記高血圧症に基づく体質的要素が加った結果顕れたものというべく、これに対する本件事故の寄与度は六割程度と認め、右栄吉が本件事故による傷害のため被った損害については、その六割を被控訴人に賠償責任を認めるのを相当と考えるが、本件事故と同人の死亡との間の因果関係については、本件事故による後遺症たる左腓骨神経麻痺のため、左足の運動障害があり、右運動障害からくる負担が心臓にかかり、その死因たる心筋梗塞に影響がなかったとはいえないけれども、本件事故による傷害の程度、同人が本件事故前からかなり高度の高血圧症であったことを併せ考えると、本件事故と同人の死亡との間に因果関係を認めることは困難であり、従って、同人の死亡を原因とする控訴人らの請求は、爾余の点について判断するまでもなく理由がない。

三、そこで、栄吉が本件事故による傷害について被った損害額について判断するに、その損害額については、原判決九枚目表一一行から一二行にかけて「一二万円」とあるのを「一二万三、二〇〇円」に、同一〇枚目表九行から一〇行にかけて「一、〇七〇円」とあるのを「一万〇、七〇〇円」に、「二八万九、九七〇円」とあるのを「二九万九、六〇〇円」に、「一七万三、〇〇〇円」とあるのを「一七万九、七〇〇円」に、同一一枚目表五行の「一七一万五、八〇〇円」とあるのを「一七二万五、七〇〇円」と訂正するほかは、原審の認定を相当と考えるが、その理由は、原判決理由第一の三、四を右訂正に従って訂正するほかは、その説示と同一であるからこれを引用する。

四、してみれば、控訴人らの本訴請求はすべて失当であるから、本件控訴および当審における拡張請求を棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内田八朔 裁判官 矢頭直哉 美山和義)

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